福岡高等裁判所 昭和37年(う)355号 判決 1962年7月24日
控訴人 被告人 安武止男
弁護人 免出礦
検察官 原田重隆
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人免出礦が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。
同控訴趣意について。
原判決挙示の各証拠に被告人の検察官に対する各供述調書を参酌すれば、昭和三六年一〇月三〇日熊本国税局において本件宅地の公売競争入札が行われた際、入札希望者三原悦次、野原源蔵、原田本男、酒井徳弘、岸本義夫及び酒井の付添人たる被告人と岸本の付添人樫野九郎が出頭したところ、三原悦次は右宅地の元所有者野原源蔵に落札させるため同人との密約に基き原田、樫野及び被告人に対し「宅地は野原源蔵に落札させてもらいたい、あんた達は最低評価価格の五六万円で入札するか或は入札をやめてもらいたい、そうすれば謝札として五万円を出すから」と申入れたので原田と被告人はこれを諒承し、かくて三原、野原、原田及び被告人の四名は野原に宅地を廉価に落札させて同人から謝礼金五万円を受取ることを協定し、原田は入札をとりやめ、野原は五六万一〇〇〇円で、三原及び被告人の指示を受けた酒井はいずれも五六万円で入札した結果野原が右宅地を落札し(尤も、協定申入に応じなかつた岸本は八六万円で入札したが時間切れのため無効とされた)、謝礼金として被告人と三原は各一万七〇〇〇円、原田と樫野は各八〇〇〇円を取得した事実が認められる。
所論は、被告人は当初から入札の意思を有せず専ら酒井徳弘の入札を指導するため案内役をつとめたものであるから、被告人に談合罪は成立しないと主張する。
なるほど、被告人の検察官に対する各供述調書、酒井徳弘の司法警察員に対する各供述調書によれば、被告人は当初から入札の意思を有せず酒井徳弘が入札に無知であつた関係上入札価格その他の手続につき同人に指示を与えるため同人を同伴して出頭したものであり現に入札にも加わつていないことは所論のとおりであることが認められる。しかし、刑法第九六条の三第二項が公の競売または入札における談合を処罰する所以は、競売等の主体が国家または公共団体である関係上、特にその公正を保持することが要請されるためその公正を害する危険のある行為を取締る目的に出でたものと解すべきであるから競争入札における談合は入札希望者間においてのみ行われるのが通常であるとはいえ、入札希望を有しない者については同罪の成立する余地がないものと断定することは早計であり、公の競売等において談合が行われるに際し、自らは入札希望を有しない者であつても、苟も自己と特別の関係にある者によつて入札が行われることを前提として公正なる価格を害し又は不正の利益を得る目的を以て右談合に加わり、且つこれによつてその公正を害する危険の存することが認められる限り、その者についても、本罪は成立するものというべきである。而して被告人は本件入札に際し全く入札希望を有しなかつたものではあるが、入札希望を有する酒井徳弘が入札に無知であつた関係上入札価格等につき同人に指示を与えるため同人を同伴して来たものであつて、該競争入札に関し、傍観者的な立場で右入札場に出頭したものではなく、被告人において野原源蔵に落札させることを談合すれば、これに基いて酒井徳弘に入札価格を指示し勢い同人の入札価格に影響を及ぼす立場にあつたので、前説示のように特別の関係にある者によつて入札が行われることを前提として前記の目的を以て右談合に加つたものであり、且つ被告人指示のとおり廉価で入札する可能性が存し、これによつて公の競売の公正を害する危険があつたものということができるから、入札希望者に対し前叙の如き立場にある被告人の談合が前記法条に該当するものであることは到底否み難いところである。そして現に酒井徳弘が被告人の指示に従い落札をあきらめて最低評価価格で入札していることは同人の司法警察員に対する各供述調書により認められる。従つて、被告人の所為は談合罪の実行正犯を構成するもので、所論の如く主体的構成要素を欠如するとか教唆犯または従犯に当るものとはいわれない。
次に所論は、被告人と三原悦次との間の話合だけでは談合罪は成立しないと主張する。
しかし、談合罪は必ずしも入札希望者全員が協定に加わる必要はなく、その一部の者の間において協定が出来た場合にも同罪が成立するものと解すべく、本件において岸本義夫は協定に加らなかつたけれどもその余の出頭者四名間において協定が成立しているから、被告人について談合罪が成立すること勿論である。
また所論は、被告人には公正な価格を害する目的はなかつたと主張する。
しかし、公正なる価格とは当該入札において公正な自由競争が行われたならば成立したであろう落札価格をいうものと解すべく、そしてかかる落札価格が本件の如き数名の入札希望者のある、しかも時価より二〇パーセントも減額して定められた最低評価価格(田中貢の検察官に対する供述調書)の宅地の入札においては該価格を上廻ることは経験則上当然予測し得たものというべきところ、被告人は野原源蔵に落札させるため最低評価価格で入札することを承諾した事実に鑑み、これに被告人の検察官に対する各供述調書を併せ考察すれば、被告人は当時右宅地の競争入札における公正な価格を害する意思を有したものと認めざるを得ない。
なお所論は、不正の利益とは公正な落札価格を引下げることによつて得られる差益を利得することを指称し、本件の如く入札希望者が故ら落札しなかつたことに対する謝礼及び日当を含めた金員の供与はこれに該当しないと主張する。
しかし、被告人は自らは入札希望を有しないで入札に無知な酒井徳弘に入札価格等を指示するため出頭したものであるに拘らず、三原悦次の申入を受くるや謝礼金に眩惑されその態度を豹変し野原源蔵に落札させるため最低評価価格の五六万円で入札することを協定しこれに基いて右金額に僅か一〇〇〇円を加算した金額で落札した同人から謝礼金五万円の中一万七〇〇〇円の分配を受けたものであつて、しかも右金額は入札について調査その他の手数や費用を要しない単純な宅地の入札においては所論の日当等としては多額に過ぎることは社会通念に照し明らかであり、これを社会常識上儀礼的な謝礼金、その他正当なものとは到底認められないから、これが取得を目的とした被告人は不正の利益を得る目的を以て談合したものといわねばならない。尤も、被告人が右謝礼金を被告人と酒井徳弘両名分の分配金名義を以て受取つていることは所論のとおりであるが、仮りに両名分と見ても前述の結論に消長を来たすものではない上に被告人の検察官に対する各供述調書、酒井徳弘の司法警察員に対する各供述調書によれば、被告人は右謝礼金については酒井に話さず自ら全額これを取得する意図であつたことが認められる。
以上説示のとおりであつて、記録を精査しても原判決に所論の如き法律解釈の誤、事実誤認は存しない。論旨は理由がない。
そこで、刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡林次郎 裁判官 中村荘十郎 裁判官 臼杵勉)
弁護人免出礦の控訴趣意
第一点凡そ競争入札における談合は、その主体が所謂入札者即ち競争者であること、その競争者が互に通謀して或る特定の者をして契約者たらしめるため、他の者は一定の価格以下または以上に入札しないことを協定することをいうものであることは夙に判例(昭和二八年(あ)第一一七一号、同年一二月一〇日最高裁第一小法廷決定、最高裁刑集七巻一二号二四一八頁)の示すところである。
第二点被告は本件犯罪成立に必要な主体性を欠いでいる。即ち、
1、被告は当初から入札の意思を有せず、専ら自己の姻族に当る酒井徳弘をして入札させる目的でその案内役をつとめたに過ぎない。
2、当日の入札者は野原、楢原及び酒井の三人であり、被告は入札者ではない。但し右趣意書第二本論一の2「被告は入札者ではない」の次に「入札妨害談合罪は身分犯ではないから例え他の入札者の談合に加功したとしても、共犯にはならない、入札申込が犯罪構成要件の一つであり、被告は入札者ではないので本件談合の主体性を欠いでいる」の字句を加える。
第三点若し仮りに本件入札者間に談合協定の成立が認め得る場合においても、被告の立場はその教唆又は幇助と解すべきであり殊に被告がかかる競争入札の場数回出入りしたとしても、この事のみを捉え直ちに談合罪の主体と解することは如何であろうか。